
不動産は多くの人が対象となる相続財産です。
価格も高額になりやすいため、節税対策の効果も大きくなります。
その中でも、「小規模宅地等の特例」は、相続税の負担を大幅に軽減できる非常に有効な制度です。
一定の要件を満たすことで、評価額を最大80%減額できます。
有名な特例なので、「名前を聞いたことがある」という方も多いでしょう。
しかし、この特例は要件が細かく、適用できるかどうかの判断に迷うケースも少なくありません。
今回は判断が難しいケースや迷いやすいポイントに焦点を当てて解説していきます。
Contents
小規模宅地等の特例の概要

小規模宅地等の特例とは、被相続人が居住または事業に使用していた土地について、一定の要件のもと相続税評価額を減額できる制度です。
減額割合は土地の用途によって異なり、居住用・事業用は80%、貸付用は50%の減額が可能です。
この特例を活用することで、自宅や事業用地を相続する際の税負担を大幅に抑えることができます。
小規模宅地等の特例の基本的な要件
基本的な要件としては、「相続税の申告期限までに遺産分割が完了していること」「申告書に特例適用の旨を記載し必要書類を添付すること」などがありますが、その他も細かく要件が定められています。
たとえば、最も多い自宅の土地(特定居住用宅地等)では、取得者が配偶者か親族かによって要件が大きく異なります。
配偶者が取得する場合は、同居の有無や取得後の居住継続を問われず、ほぼ無条件で特例を適用できます。
一方で、配偶者以外の親族が取得する場合は、原則として被相続人と「同居」していたこと、申告期限まで所有・居住を継続することが必要になります。
この「同居」については、判定が難しくなりやすい点です。
特例適用の注意点①「同居」の判定が難しいケース

子供などの親族が小規模宅地等の特例を適用する場合、原則として被相続人と「同居していた」ことが必須条件になります。
この「同居」の判定は、住民票の有無だけでは決まらず、実態で判断されます。
以下、判断が分かれやすいケースを見ていきましょう。
二世帯住宅のケース
二世帯住宅は「同居」と認められるかどうかが登記の形態によって異なります。
| 区分登記なし(共有または単独名義)の場合 | 建物全体が一つの登記であれば、原則として「同居」と認められます。 これは平成26年の税制改正で明確化された取り扱いです。 |
| 区分登記あり(1階と2階を別々に登記)の場合 | 建物が区分所有登記されている場合は、たとえ同じ建物内に住んでいても「別々の家に住んでいる」と扱われ、同居とは認められません。 この場合、子が取得しても特定居住用宅地等の適用は受けられないことになります。 |
単身赴任中だった場合
被相続人が単身赴任で別の場所に住んでいた場合、家族が住み続けている自宅は「被相続人の居住用」と認められるのでしょうか?
結論としては、単身赴任は一時的な別居であり、生活の本拠は家族のいる自宅にあると認められれば、特例の適用は可能です。
ただし、単身赴任先で住民票を移している場合や、赴任期間が極端に長い場合は、実態として「生活の本拠がどこか」が問われる可能性があります。
【判断のポイント】
赴任先から定期的に帰宅していた実績があるか、住民票はどこにあったか、光熱費の支払い状況、郵便物の届け先など、総合的な事情で判断されます。
税務調査で問題になりやすい論点ですので、単身赴任中に相続が発生した場合は、生活実態を示す資料を整理しておくことも重要です。
被相続人が老人ホームに入居していた場合
「被相続人が亡くなる前に老人ホームや介護施設に入居していた」というのは非常に多いケースです。
この場合でも、一定の要件を満たせば、もともと住んでいた自宅に特例を適用することが可能です。
要件は以下のとおりです。
【適用が認められるための要件】
①被相続人が相続開始時点で、要介護認定または要支援認定を受けていたこと(後日遡及認定を含む)
②入居していた施設が、老人福祉法に規定する有料老人ホーム、介護老人保健施設、サービス付き高齢者向け住宅など、法律で定められた施設であること
③自宅を他人に貸し付けていないこと(空き家のまま、または生計一親族が住んでいる状態であること)
【注意が必要なケース】
老人ホーム入居後に自宅を第三者に賃貸していた場合は、居住用宅地としての適用はできません。
ただし、貸付事業用宅地等として50%減額の対象になる可能性はあります。
また、施設の種類によっては要件を満たさない場合もあるため、事前にしっかり確認するようにしましょう。
別居の子が使える「家なき子特例」

被相続人に配偶者がおらず(離縁・死別を含む)、同居していた親族もいない場合に限り、別居の親族でも特定居住用宅地等の特例を受けられる場合があります。
これが俗に「家なき子特例」と呼ばれるものです。
【適用要件(令和2年4月以降の相続)】
①被相続人に配偶者がいないこと
②被相続人と同居していた相続人がいないこと
③取得者が相続開始前3年以内に、自己または自己の配偶者の所有する家屋に居住したことがないこと
④取得者が相続開始前3年以内に、3親等内の親族や特別の関係がある法人が所有する家屋に居住したことがないこと
⑤取得者が相続開始時に居住している家屋を過去一度も所有したことがないこと
⑥相続税の申告期限まで当該宅地等を所有し続けること
【平成30年改正で厳格化された点】
以前は「持ち家がなければ使える」という比較的緩い要件でしたが、平成30年の改正により厳格化されました。
これにより、自宅を子に贈与してから賃貸に住む、あるいは親族の会社名義の家に住むといった「形式的に家なき子になる」節税スキームが封じられています。
特例適用の注意点②事業用と居住用の併用

自宅と店舗・事務所が同じ建物にある場合や、複数の土地について特例を受けたい場合は、計算が複雑になります。
判断も難しくなりがちなため、専門家に相談することをおすすめします。
【具体例】
1階が店舗(事業用)、2階が自宅(居住用)で、床面積が1:1の場合、土地の50%が特定事業用宅地等、50%が特定居住用宅地等として扱われます。
それぞれに80%減額が適用できますが、限度面積はそれぞれ別々に計算されます。
【按分方法の注意点】
按分は床面積で行うのが一般的ですが、建物の構造や使用実態によっては異なる按分方法が適切な場合もあります。
また、事業専用部分と居住専用部分を明確に区分できない共用部分(廊下、階段など)をどう扱うかも論点になりえます。
【限度面積の計算ルール】
小規模宅地等の特例には、用途ごとに限度面積が定められています。
特定居住用宅地等は330㎡まで(80%減額)、特定事業用宅地等は400㎡まで(80%減額)、貸付事業用宅地等は200㎡まで(50%減額)となっています。
【複数の種類の土地に適用する場合】
特定居住用宅地等と特定事業用宅地等のみを併用する場合は、それぞれの限度面積を適用できますが、貸付事業用宅地等を併用する場合は、調整計算が必要になります。
単純に面積が大きい土地を優先すればよいわけではなく、土地の単価(1㎡あたりの評価額)と減額割合を掛け合わせた「減額される金額」で比較することが重要です。
特例適用の注意点③申告要件・添付書類の落とし穴
特例適用には申告が必須
小規模宅地等の特例は、相続税の申告書に特例を適用する旨を記載し、必要書類を添付して申告することが要件になっています。
そのため、たとえ特例を適用すれば相続税がゼロになる場合でも、申告自体は必要です。
「特例を使えば税金がかからないから申告不要」と誤解して申告しなかった場合、特例は適用されず、本来より高い相続税を課されることになります。
後から申告しても、期限後申告として扱われ、加算税や延滞税がかかる可能性があります。
遺産分割が未了の場合の手続き
相続税の申告期限(相続開始から10か月)までに遺産分割が完了していない場合、小規模宅地等の特例は原則として適用できません。
未分割の状態では「誰がその土地を取得するか」が確定していないためです。
【「3年以内の分割見込書」の提出】
ただし、申告期限内に「申告期限後3年以内の分割見込書」を税務署に提出しておけば、後日分割が確定した時点で特例を適用し、更正の請求により税金の還付を受けることができます。
分割見込書の提出をしなかった場合は、後から分割が確定しても特例を適用できなくなりますので、遺産分割協議が難航しそうな場合は必ず提出しておきましょう。
【手続きの流れ】
①申告期限までに「3年以内の分割見込書」を添付して申告(この時点では特例なしで税額計算)
②分割確定を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行い、特例適用後の税額との差額の還付を受ける
③3年経っても分割が確定しない場合は、「遺産が未分割であることについてやむを得ない事由がある旨の承認申請書」を提出し、延長の承認を受ける
添付書類の不備で否認されるケース
特例の適用には、申告書に加えて一定の書類を添付する必要があります。
主な添付書類としては、遺産分割協議書の写し(または遺言書の写し)、相続人全員の印鑑証明書、被相続人の戸籍謄本(出生から死亡まで)、住民票の写し(同居を証明する場合)、登記事項証明書(土地・建物)などがあります。
家なき子特例を適用する場合は、取得者が3年以内に持ち家に住んでいなかったことを証明する書類(戸籍の附票、賃貸借契約書など)も必要になります。
書類の不備や不足があると、税務調査で特例の適用が否認されるリスクがありますので、チェックリストを作成して漏れがないか確認しましょう。
特例適用の注意点④よくある疑問
配偶者は特例適用後すぐに売却しても大丈夫?
配偶者には継続保有要件がないため、相続後すぐに売却しても特例は否認されません。
配偶者にとっては要件が少なく使いやすい特例と言えるでしょう。
ただし、二次相続(配偶者自身の相続)を考慮すると、配偶者がすべてを相続するのが必ずしも最適とは限りません。
長期的な視点で、トータルの税負担を考慮しながら判断することが大切です。
相続人が複数いる場合の限度面積は?
限度面積は「被相続人ごと」に判定されます。
相続人が複数いても、限度面積が人数分に増えるわけではありません。
例えば、400㎡の自宅を長男と次男が2分の1ずつ相続した場合、特定居住用宅地等の限度面積330㎡を2人で分け合うことになります。
それぞれ200㎡ずつ(計400㎡)に特例を適用することはできず、合計で330㎡までしか適用できません。
どの相続人の取得分に特例を適用するかは選択できますので、最も有利な組み合わせを検討しましょう。
生前に対策しておけることは?
特例を上手く適用するために、生前からできる準備はいくつかあります。
| 二世帯住宅の場合 | 区分登記になっていないか確認し、なっている場合は登記の統合を検討してみても良いでしょう。 ただし、登記変更には費用がかかりますし、住宅ローン控除との兼ね合いもあります。 総合的かつ慎重な判断が必要です。 |
| 老人ホーム入居を検討している場合 | 入居先が要件を満たす施設かどうか事前に確認しましょう。 また、入居後に自宅を賃貸に出すと居住用として特例が使えなくなることを理解しておく必要があります。 |
| 遺言書の作成 | 特例の活用も考慮して、遺産分割を遺言で指定しておくことで、分割協議が難航するリスクを減らせます。 |
まとめ

小規模宅地等の特例は、適用できれば相続税を大幅に減らせる非常に有効な制度です。
しかし、要件が細かく、判断に迷うことが多いのが実情です。
特に「同居」の判定や申告手続きの要件は、後から気づいても取り返しがつかない可能性もあります。
生前から早めに対策を行うことで、登記の見直しや遺言書の作成など、選択肢はより広がります。
また、配偶者にとっては要件が少なく使いやすい特例ではありますが、二次相続まで含めたトータルの税負担を考慮して判断することが大切です。
ご自身やご家族の状況が本記事で紹介したケースに当てはまる場合や、適用できるかどうか判断に迷う場合は、お気軽にご相談ください。
