将来のリスクに備えた財産管理方法のひとつに「家族信託」があります。
高齢化に伴う認知症患者が増加している昨今では、”認知症による資産凍結”を防ぐ対策として注目されています。
厚生労働省が公表している「介護保険事業状況報告」では、75歳以上の要介護認定者数は9割程となっています。
「認知症の悪化で銀行の口座が凍結されて、介護を担う子どもに金銭的な負担かけてしまう」などの様々なリスクは、他人事とは言い切れません。
家族信託を上手く活用することができれば、家族の高年齢化に伴う様々なトラブルに柔軟に対応できるようになるでしょう。
ただし、家族信託を検討する際には、メリットやデメリットを含めて制度の仕組みをしっかり理解することが重要です。
今回の記事では、家族信託の具体的な仕組みや手続きの方法、活用ケースなどについて解説していきます。
家族信託とは
自身の財産管理が困難になるリスクに備え、家族や信頼できる人に財産管理を委ねる制度です。
認知症などで意思能力が喪失したと判断されてしまうと、「銀行預金を引き下ろせない」「自宅を売却できない」などのいわゆる資産凍結に陥る可能性があります。
それを防ぐための仕組みが「家族信託」です。
家族信託を行なっておくことで、親が認知症になっても財産が凍結することなく、家族が柔軟に管理できるようになるのです。
家族信託の仕組み
家族信託では、「委託者」「受託者」「受益者」と呼ばれる3者が関わることになります。
●委託者:財産を所有しており、信託を依頼する人
●受託者:信託を受け、財産の管理・運用を行う人
●受益者:財産の権利を持っており、その利益を受ける人
つまり、家族信託とは財産に関する権利を「管理・運用できる権利」と「財産から利益を受ける権利」に分けて、分担することができる制度です。
高齢者の財産管理における家族信託では、委託者と受益者を親が兼任し、受託者を子供などの家族が担うケースが一般的です。
家族信託が有効なケース
家族信託は、特定の状況下で大きなメリットを得られる手段です。
具体的に家族信託を有効に活用できるシチュエーションとしては、以下のようなケースが考えられます。
①認知症による資産凍結リスクの回避
金融機関などにより資産が凍結されてしまうと、たとえ子どもであっても財産の管理や処分を行うことが出来ません。
家族信託を利用することで、認知症となった受託者に代わり、資金の管理や不動産の売買、賃貸契約が行えるようになります。
②収益不動産の管理
土地や賃貸物件といった収益不動産を所持している場合、その管理負担を減らすのにも家族信託は有効です。
本来は所有者自身が管理をしなければなりませんが、受託者である家族が収益不動産の管理や売却を行えるようになります。
高齢の親の管理負担を減らす方法としては、他に「生前贈与」がありますが、そちらは贈与税がかかってしまうデメリットがあります。
家族信託であれば、所有権や収益はそのままに管理を委託することができます。
③障がいを持つ子供の生活を保障する
子どもが障がいを持っていた場合、サポートなしには暮らすのが難しい場合があります。
家族信託を活用して、あらかじめ信頼のおける人を受託者に指定しておくことで、親の死後に信託した財産から障がいのある子のために適切に使用してもらえるようになります。
④親が居住している不動産の売却を検討している
親が認知症などで意思決定ができなくなってしまうと、居住していた不動産の売却が難しくなってしまう可能性があります。
家族信託で、不動産の売買に関する項目を定めておくことで、親が認知症になった場合にもスムーズに手続きを進められるようになります。
家族信託があまり必要ないケース
家族信託は全ての方に向いている財産管理方法というわけではありません。
以下のようなシチュエーションでは、家族信託以外の方法を検討してみても良いでしょう。
①財産の使用や売却の予定がない
「介護施設や医療施設などに多くのお金を支払う予定がない」「不動産をしばらくは売却する予定がない」などの場合は、あえて家族信託を利用する必要はないと言えるでしょう。
家族信託で得られるメリットよりも、手続きなどにかかる費用や労力の負担が大きくなってしまう可能性があります。
②信頼できる受託者候補者がいない
家族信託は、信頼できる受託者がいることが前提となります。
受託者は財産を適切に管理し、受益者の利益のために行動する重要な役割です。
そのため、信頼できる家族や友人がいなかったり、その人が受託者になることを望まなかったりする場合は、家族信託を利用しない方が良いでしょう。
財産の浪費や不正使用につながるリスクが考えられるため、成年後見制度などの代替手段を検討することをおすすめします。
③生前贈与を中心に対策を実施している
既に生前贈与を行い、家族への財産譲渡や名義変更を完了している場合も、家族信託は不要と言えます。
あくまでも家族信託は複数ある手段の一つですので、各家庭にとって一番適切な方法を選ぶようにしましょう。
④親族間で争いになる可能性がある
家族信託は、親族間の信頼関係が大切です。
そのため、親族間で争いになる可能性が高い場合は、家族信託の利用は慎重に検討しなくてはなりません。
「信託契約の内容に対する合意が難しい」「受託者を誰にするかで意見が分かれる」など、家族信託が対立を深める原因となってしまう可能性があります。
家族信託のメリット
認知症などの将来のリスクに備えられることが、家族信託の最大のメリットです。
ですが、それ以外にも家族信託を行うことがメリットとなる場合があります。
具体的には以下のようなケースが考えられます。
当てはまる方は検討してみても良いでしょう。
①配偶者や孫世代までの相続を指定できる(二次相続)
二次相続とは、遺産を相続した人が亡くなり、遺産の相続が次いで行われることです。
相続財産を引き継ぎ先は決める方法としては「遺言」が有名ですが、遺言では二次相続の指定ができません。
そのため、亡くなる順番などによっては、意図しない人物に財産が渡ってしまうことがあります。
家族信託では、この二次相続以降の相手をあらかじめ指定することができ、これを「受益者連続信託」といいます。
二次相続時に「特定の相手へ遺産を多く渡したい」「特定の相手に渡したくない」といった希望があるときは、家族信託が役立ちます。
②事業継承対策に活用できる
家族信託は、預金や不動産だけでなく、株式のような事業関連財産の管理にも活用することができます。
そのため、家族信託は事業承継をスムーズに行うための対策としても有効です。
例えば、オーナー社長が100%株式を保有する会社では、オーナー社長が認知症などで意思疎通できなくなると、株主としての議決権が行使できなくなり、事業が滞ってしまう恐れがあります。
自社の株式を信託財産として設定しておくことで、事業の安定性を確保することができるのです。
ただし、信託した株式はその旨を株主名簿に記載する必要があり、株式によっては取締役会や株主総会の議決が必要になる可能性もあるので、事前にしっかり確認するようにしましょう。
③共有不動産の凍結リスクを回避できる
夫婦間や親族間などで不動産を共有している場合、共有者が一人でも亡くなったり判断能力を喪失したりしてしまうと、不動産の売却や大規模修繕などが容易にできなくなります。
あらかじめ不動産の管理権限を信託しておくことで、もしもの場合でも不動産が凍結される心配がなくなります。
また、両親が共有している不動産を子どもに信託しておくなど、共有不動産の権限を1人に集約しておくことも可能です。
共有者全員の同意が得られずに管理ができなくなってしまうリスクを回避しやすくなるメリットがあります。
家族信託のデメリット
家族信託には、デメリットも存在しています。
家族信託には費用も発生するため、信託前に必ずデメリットやリスクも確認するようにしましょう。
①身辺監護権はない
家族信託は、あくまでも委託者の”財産”を家族が管理・運用する制度です。
そのため、委託者本人の健康や生活を管理する「身上監護」の権利や義務はありません。
例えば、信託契約で介護費用を支払うことは可能ですが、受託者が医療や介護の手続きそのものを代行することはできません。
委託者に関する医療や介護の具体的な管理も代行したいというような場合は、後見人に身上監護権がある「成年後見制度」のほうが向いているでしょう。
②収益不動産の損益通算ができなくなる
一般的には、不動産からの収益で損失が出た場合は、その損失を他の所得と相殺して税金を減らすことが可能となります。
しかし、家族信託内の不動産からの損失は税務上認められないため、この損益通算が使えなくなります。
また、青色申告者が赤字を出した場合には、その赤字を翌年以降3年間にわたって所得から引くことができます(純損失の繰越控除)。
しかし、家族信託ではこの赤字の繰越しも利用することができません。
家族信託では、即時的な税負担の軽減が見込めないため、しっかりと計画を練ることが重要です。
③節税対策にはならない
家族信託には、相続税についての直接的な節税効果はない点には注意が必要です。
委託者が死亡した場合は、信託財産も含めて相続した財産が課税対象になるため、信託されていたかどうかは、相続税額に影響しません。
そのため、積極的に相続税の節税をしたい場合は、生前贈与などの他の手段も検討しておくことをおすすめします。
ただし、委託者の存命中に資産の評価を最適化するための財産組み換え(預金で不動産を購入するなど)を行い、財産価値を調整することで、間接的に相続税を節約できる可能性はあります。
家族信託の手続きの仕方
家族信託を行う場合には、以下のような流れで手続きを進めていきます。
1.家族信託の内容について家族間で話し合う
2.信託契約書を作成する
3.家族信託用の口座を開設する
4.不動産の信託登記を行う
5.信託財産の管理・運用を開始する
①家族信託の内容について家族間で話し合う
家族信託の実施にあたっては、家族全員が内容を理解・納得できる状態で信託契約を結ぶことが重要です。
受託者にメリットが偏るような内容になっていると、後に家族間でのトラブルの原因となる恐れがあります。
話し合いの段階から法律や税金の専門的な知識が求められるため、経験豊富な専門家に相談し、進行を依頼することもおすすめです。
具体的には以下のような内容について話し合います。
●家族信託を行う目的の設定
●信託財産の対象にする財産
●受託者、受益者の選定
●受託者の権限の範囲
●信託財産の管理・運用方針
●家族信託の終了時期や方法
●遺言型信託や受益者連続型信託の決定
●信託監督人、受益者代理人の選定
②信託契約書を作成する
家族で話し合った内容を基に、「信託契約書」を作成します。
パソコン等で自作することも可能ですが、できれば専門家によって作成される「公正証書」にしておく方が良いでしょう。
後のトラブル回避に繋がったり、信託口座をスムーズに開設できたりするなどの多くのメリットがあります。
また、インターネット上にはテンプレートが公開されていたりしますが、それをそのまま使用することはおすすめしません。
信託契約書は、各家庭に合わせた適切な内容で作成する必要があるからです。
③家族信託用の口座を開設する
受託者は、委託者から託された信託財産を、受託者の固有財産とは分別して管理しなくてはなりません。
そのため、信託財産を管理するための専用口座を開設する必要があります。
信託口座を開設できる銀行は限られているため、事前にどの銀行を利用するか調べておきましょう。
口座では預金の運用のほか、不動産の賃貸収入などで得た利益を管理します。
④不動産の信託登記を行う
信託財産に不動産が含まれている場合は、名義人を委託者から受託者に変更する「信託登記」を行う必要があります。
この信託登記は法務局で行うことができますが、書類が多く手続きも複雑です。
不安がある場合は、専門家に依頼することをおすすめします。
⑤信託財産の管理・運用を開始する
一連の手続きが終了したら、受託者は家族信託の内容に沿って、信託された財産を実際に管理・運用していきます。
受託者には、信託財産の管理をはじめとするいくつかの義務が生じるため、しっかりと法に則った対処を取る必要があります。
家族信託にかかる費用
家族信託を行には、いくつかの費用が発生します。
家族信託を検討する際には、資金の準備も考えて実施するようにしましょう。
●信託契約を公正証書にする費用
●信託登録の登録免許税
●専門家に依頼した場合の報酬
●信託口座開設にかかる費用
●家族信託に関する税金
まとめ
家族信託はルールを守って活用することで、信託財産の適切な保護・管理が可能になります。
ですが、家族信託は比較的新しい制度なこともあり、すべてのリスクに万全に備えられるわけではありません。
制度の内容を事前にしっかり把握しておくようにしましょう。
また、家族信託は委託者が認知症になってからではできない対策です。
有効的に活用するためには、将来に備えて早めに行動することが大切になります。
家族信託は契約して終了ではなく、そこからが本当のスタートです。
信託財産の管理や帳簿や書類の作成など、やらなくてはならないことが多くあります。
そのため、長期的な視野での相談先となる専門家を見つけておくことが非常に大切です。
わかば税務会計事務所では、相続・信託における豊富な経験と実績を基に適切なサポートを提供しています。
家族信託でお悩みの方は、是非お気軽にご相談ください!