
相続税の支払いは、現金で一括して納めるのが原則です。
「税金」と聞くと、自分の貯蓄から出費するイメージがありますが、相続した現金や預貯金をそのまま納税にあてることも可能です。
ですが、「相続した財産の大半が自宅や土地などの不動産で、手元の現金が足りない」――そんなケースは決して珍しくありません。
そうした場合に、問題を後回しにしてしまうのは危険です。
特に、納付期限である「相続開始から10か月」を過ぎてしまうと、延滞税が上乗せされていきます。
不利な選択をしないために、本記事では相続税を払いきれないときの対処法を、最新の制度を踏まえて整理します。
それぞれの特徴と、自分に合った順序を押さえていきましょう。
Contents
問題になるのは「現金が足りない」ケース

基本的に相続税は、被相続人名義の口座から払い戻しを受け、その資金で納めるのが一般的な流れです。
ですが、遺産が自宅・アパート・農地・山林といった不動産に偏り、現金や預貯金がわずかしかない場合は、遺産だけでは賄いきれません。
相続人個人の貯蓄から支払うことも可能ですが、資金に余裕がなかったり財産評価額が高額な場合は、それも困難です。
「資産はあるのに税金を払う現金がない」という状況に陥ってしまうのです。
納期限を過ぎると延滞税が跳ね上がる
相続税は、相続の開始を知った日の翌日から10か月以内に金銭で一括納付するのが原則です。
期限までに納めないと延滞税がかかります。
延滞税は2段階で、納期限の翌日から2か月以内は比較的低い率ですが、2か月を超えると大幅に上がります。
令和8年現在の場合は、2か月以内が年2.8%、2か月超で年9.1%です。
さらに督促を受けても放置すれば、預貯金や不動産が差し押さえられることもあります。
「払えないから」と何もせず放置するのが、もっとも避けたい対応です。
見落としがちな「連帯納付義務」
もう一つ知っておきたいのが連帯納付義務です。
各相続人は、自分の負担分を納めればよいだけでなく、他の相続人が納めない相続税についても、相続で受けた利益の範囲内で連帯して納める義務を負います。
つまり、自分はきちんと払っていても、他の相続人が滞納すれば、その分の請求が回ってくる可能性があるのです。
納税資金の確保は、自分一人の問題では終わらないことがあると意識しておきましょう。
現金が足りない場合の具体的な対処法

現金が足りないときの対処法はいくつかありますが、おおまかな優先順位があります。
まず売却や借入で現金を用意できないかを検討し、難しければ分割払いの延納、延納でも納めきれない場合の最後の手段が物納、という流れです。
特に、物納は「延納によっても金銭で納めることが困難」と認められて初めて選べる制度で、いきなりは使えません。
①不動産などを売却して現金化する

相続した不動産や上場株式を売却し、その代金で納める。
これがもっともシンプルで分かりやすい方法です。
借入のような返済義務もなく、納税後に残った資産は自由に使えます。
ただし、不動産は売り急ぐと相場より安く買い叩かれがちです。
測量・境界確定・買主探しまで含めると、10か月は決して長くありません。
スピードと価格のバランスを意識し、早めに動き出すことが大切です。
売却益には譲渡所得税がかかる
見落としがちなのが、売却で得た利益(譲渡所得)に所得税・住民税がかかる点です。
相続税のために売ったはずが、別途まとまった税金が生じ、手元に残る額が想定より少なくなることもあります。
特に、被相続人が安く取得した土地や取得費が不明な不動産は、売却益が大きく算定され、負担も重くなりがちです。
取得費加算の特例で負担を抑える
相続財産を、相続税の申告期限の翌日から3年以内(相続開始からは約3年10か月以内)に売却すると、納めた相続税の一部を取得費に加算できます。
取得費が増えれば譲渡所得が圧縮され、譲渡所得税が軽くなります。「いずれ売る」不動産なら、この3年が一つの目安です。
空き家の特別控除なども検討
相続した実家が一定の要件を満たす空き家なら、売却益から最大3,000万円を控除できる特例(被相続人の居住用財産の特別控除)を使える場合があります。
耐震基準や売却期限などの条件はありますが、該当すれば負担を大きく減らせます。
売却は「いくらで売れるか」だけでなく「どの特例を使えるか」で手取りが変わるため、税引き後にいくら残るかで考えることが重要です。
売却を検討する場合は、「遺産分割」を急ぐ
不動産を売るにも物納に充てるにも、その財産が誰のものか確定していなければ動けません。
遺産分割協議がまとまらず未分割のままだと、不動産は相続人全員の共有状態となり、売却には全員の同意が必要になります。
さらに未分割のままでは、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減といった税負担を抑える制度が、申告の時点では使えません(申告期限後3年以内に分割すれば後から適用できる余地はあります)。
これらが使えないと、いったん本来より高い税額を納めることにもなりかねません。納税資金を確保する観点からも、分割協議は早めにまとめることが欠かせません。
②延納(相続税の分割払い)
延納は、一括では払えない相続税を、担保を提供したうえで年払い(年賦)で分割納付する制度です。
利用には次の4要件をすべて満たす必要があります。
①相続税額が10万円を超えること
②金銭での一括納付が困難な事由があり、その困難な金額の範囲内であること
③延納税額と利子税に見合う担保を提供すること
④納期限(延納申請期限)までに延納申請書と担保提供関係書類を税務署へ提出すること
延納は「申し込めば必ず通る」ものではなく、税務署長の許可を得て初めて認められます。
担保が不要になるケース
担保提供は原則必要ですが、延納税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下なら不要です。
担保にできるのは国債・地方債・不動産・上場株式などに限られ、相続財産だけでなく相続人自身や第三者の財産を充てることも可能です。
延納期間と利子税は「不動産の割合」で変わる
延納できる期間と利子税の利率は、相続財産に占める不動産等の割合で決まります。
不動産は現金化しにくいため、割合が高い人ほど期間は長く、利率は低く設定されています。
たとえば不動産等の割合が75%以上なら、不動産に対応する税額は最長20年の分割が認められ、利子税は年0.4%程度と低水準です。
一方、不動産割合が低い場合や動産部分は、期間が短く利率もやや高めです。
この利率は「延納特例基準割合」に連動して毎年見直されます。
令和8年の延納特例基準割合は0.9%で、これをもとに各区分の特例割合が算出されています。
申請の際は最新の利率を税務署で確認しましょう。
延納の落とし穴
延納の利子税は、収益物件の借入利息のように経費へ算入できず、税引き後の手取りから支払う必要があります。
また延納の対象は本税のみで、加算税・延滞税・連帯納付責任額は延納できません。
低利率とはいえ、20年払えば累計の利子税は無視できない金額になる点も念頭に置きましょう。
延納が苦しくなったら「特定物納」へ
延納を始めたあとで収入が減るなどして条件の履行が困難になった場合、申告期限から10年以内に限り、まだ分納期限が来ていない税額について延納から物納へ切り替えられます。
これを特定物納といいます。ただし収納価額は申請時点の評価額になるため、当初の延納額がそのまま物納されるわけではない点に注意が必要です。
令和7年度改正で許可限度額の計算が変更
令和7年度の税制改正で、延納が認められる金額(延納許可限度額)の計算方法が見直され、令和7年4月1日以降の相続開始分から適用されています。
納税者の収入や生活費を踏まえた延納可能額の算定がより精緻になっているため、申請時は最新の手引きに沿って計算する必要があります。
③物納(相続財産そのもので納める)

物納は、現金の代わりに相続した不動産や株式などの「物」で納める制度です。
誰でも選べるわけではなく、「延納によっても金銭で納付することが困難」と認められる範囲に限って許可されます。
つまり売却 → 延納 → 物納という順序の、最後に位置づけられる手段です。
近年は申請のハードルもあって利用が減っており、限られたケースで使われる制度です。
物納できる財産と順位
物納に充てられるのは日本国内にある相続財産で、種類ごとに優先順位があります。
大きく分けると、第1順位が不動産・船舶・国債・地方債・上場株式など、第2順位が非上場株式など、第3順位が動産(貴金属、宝石、骨董品、美術品など)です。
後順位は、先順位に適当なものがない場合などに限って充てられます。
かつて有価証券は不動産より後の順位でしたが、平成29年の改正で上場株式等が第1順位に引き上げられ、株式での物納がしやすくなりました。
収納価額は「相続税評価額」である点が最重要
物納で見落とせないのが、納税額に充当される金額(収納価額)は原則として相続税評価額で計算される点です。
市場で売れる時価ではありません。
たとえば時価1億円でも相続税評価額が5,000万円の土地なら、充当額は5,000万円どまりです。
小規模宅地等の特例で評価額が大きく下がった土地を物納すると、その下がった額でしか充当されず、かえって損をすることもあります。
評価額よりも時価が高い優良な財産を物納するのは損になりやすい、という点だけは繰り返し意識しておきたいところです。
譲渡所得税がかからないメリットと、不適格財産の壁
一方、物納には売却にない利点もあります。
物納による財産の移転には譲渡所得税がかかりません。
含み益が大きく、売れば多額の譲渡所得税が生じる財産では、物納のほうが有利になる場合があります。
ただし、権利関係に争いのある不動産や担保が設定された不動産は「管理処分不適格財産」として物納できません。
接道義務を満たさない土地などは「物納劣後財産」とされ、ほかに適当な財産がない場合に限って認められます。
物納できる財産には、こうした品質のハードルがあります。
令和7年度改正のポイント
物納についても、令和7年度税制改正で物納が認められる金額(物納許可限度額)の計算方法が見直されました。
限度額の計算の基礎となる延納年数に、申請者の平均余命の年数を上限とする取り扱いが導入されています。
令和7年4月1日以降の相続開始分から適用されるため、高齢の相続人ほど影響を受ける可能性があり、事前のシミュレーションが欠かせません。
④借入で納税する
延納や物納のほかに、金融機関から借りて納める選択肢もあります。
相続した不動産を担保にする不動産担保ローンなどを使えば、まとまった納税資金を一度に確保できます。
メリットは、不動産を手放さずに済む点と、返済計画を自分で設計できる点です。
ただし当然ながら、返済義務と利息の負担は生じます。
延納の利子税と銀行金利、どちらが得か
借入を検討するときは、延納の利子税と銀行金利の金額や特徴を比較しましょう。
延納の利子税は近年の低金利を反映して低めなので、単純な利率だけなら延納が有利なことが多いといえます。
一方で、銀行融資は延納に比べて、返済期間や繰上返済の自由度が高いケースが多いのがメリットです。
利率だけでなく、返済の柔軟性などまで含めて比べることが大切です。
結局、どう選べばいいのか

ここまでの4つを踏まえ、最後に「どんな人がどれを選ぶべきか」という判断の軸を整理します。
まずは、相続財産の中にどれだけ現金・預貯金があるかを把握しましょう。
納税分の現金が確保できるなら迷う必要はなく、足りない分をどう埋めるかが論点になります。
不足分を埋める手段としてまず候補に挙がるのが売却です。
資産を残す必要がなく買い手が見つかる財産なら、現金化して一括納付するのがもっともシンプルです。
ポイントは「税引き後にいくら残るか」で、取得費加算や空き家特例が使えるかで手取りが変わります。
売却したくない、あるいは売却益への譲渡所得税が重い場合は、ほかの手段を比べます。
毎年の収入から無理なく分割で払えそうなら延納が向いています。
延納の利子税より低い金利で借りられるなら、不動産を担保にした借入で一括納付し、自分のペースで返す方法も合理的です。
物納が現実的になるのは、これらがいずれも難しいケースに限られます。
それでも、含み益が大きく売ると譲渡所得税が重い財産や、時価が相続税評価額を下回って高く売れない財産なら、譲渡所得税のかからない物納が有利に働くこともあります。
おわりに

相続税を払えそうにない――
そう気づいたとき、もっともしてはいけないのは「どうにもならない」と手続きを止めてしまうことです。
放置している間にも延滞税は積み上がり、選べたはずの手段の期限も静かに過ぎていきます。
売却、延納、物納、借入。どれが最適かは財産の中身と家計の状況によって一人ひとり異なり、多くの場合は複数を組み合わせることで負担を最小化できます。
なお、こうした事態を避けるには、相続が起こる前の備えも有効です。
「生命保険を活用して受取人に納税資金を残しておく」「生前に一部の不動産を整理して現金を確保しておく」、といった対策は、いざというときの選択肢を大きく広げてくれます。
判断に迷ったら、できるだけ早い段階で専門家に相談してください。
10か月は思っているより早く過ぎていきます。
早めに動くことが、結果的にいちばん損の少ない選択につながります。
