
相続が始まったとき、相続人の中に認知症などで判断能力が十分でない人がいると、遺産分割協議を進められなくなることがあります。
遺産の分け方を決める協議には、相続人全員が有効に合意する必要があるからです。
この問題への対処として使われてきたのが、成年後見制度です。
判断能力が不十分な人に代わって、後見人が法律行為を担う仕組みです。
ただ、この制度は相続の場面に限らず、全体として「使いにくい」という声が根強くありました。
その成年後見制度が、2026年に大きく変わります。
2000年の創設以来、約26年ぶりの抜本改正です。
本記事では、相続との関わりを軸に、現行制度の何が問題で、改正でどう変わるのかを整理します。
Contents
成年後見制度とは

成年後見制度は、認知症・知的障害・精神障害などにより、判断能力が不十分な人を法的に支えるための制度です。
家庭裁判所が選んだ後見人が、本人に代わって財産の管理や契約といった法律行為を行い、本人の生活と財産を守ります。
相続に限らず、預貯金の管理や施設の入所契約など、幅広い場面で使われます。
なぜ相続で成年後見が必要になるのか
判断能力が不十分だと、遺産分割協議ができない
遺産分割協議は、相続人全員の合意によって成立します。
ここでいう合意とは、内容を理解したうえでの有効な意思表示でなければなりません。
そのため、相続人の一人が認知症などで判断能力を失っていると、その人は協議に有効に参加できず、遺産分割協議そのものが進められなくなります。
家族が代わりにサインをして済ませることはできず、仮にそうした協議をしても無効になるおそれがあります。
協議を放置すると不動産等が塩漬けになりがちに
遺産分割ができないままだと、不動産は法定相続分にしたがった共有状態のままになります。
共有になると、売却や活用にあたって共有者全員の同意が必要となり、動かしにくい「塩漬け」の状態に陥りがちです。
また、相続税の面でも不利が生じます。
遺産が未分割のままだと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例といった負担を軽くする制度が、申告の時点では使えません。
いったん本来より高い税額を納めることにもなりかねないのです。
だから後見人を立てる必要が出てくる
こうした行き詰まりを解消するために登場するのが、成年後見制度です。
判断能力が不十分な相続人について家庭裁判所に後見人を選任してもらい、その後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加します。
つまり成年後見は、認知症の相続人がいるケースで相続を前に進めるための、いわば必須の手続きとして関わってきます。
成年後見制度の基本(現行制度)
判断能力の程度に応じた3つの類型

現行の成年後見制度(法定後見)は、本人の判断能力の程度に応じて三つの類型に分かれています。
●判断能力がほとんどない人向けの「後見」
●判断能力が著しく不十分な人向けの「保佐」
●判断能力が不十分な人向けの「補助」
この順に後見人など(後見人・保佐人・補助人)に与えられる権限が広くなり、「後見」では日常の買い物などを除くほぼすべての法律行為を後見人が代理します。
どの類型になるかは、医師の診断などをもとに家庭裁判所が判断します。
法定後見と任意後見
成年後見制度には、大きく二つの仕組みがあります。
一つが、判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見」。
もう一つが、判断能力があるうちに本人が将来の後見人を自分で選んで契約しておく「任意後見」です。
相続の場面では、備えのないまま判断能力が低下し、相続が起きてから慌てて申立てをする、法定後見になりがちです。
後見人ができること・できないこと
後見人などは、本人に代わって預貯金の管理や契約、遺産分割協議への参加などを行います。
一方で、その権限は本人の財産を守るために使うことが大前提です。
家族であっても、本人の財産を生活費や他の家族のために自由に使うことはできません。
財産の使い道は家庭裁判所の監督を受け、後見人は原則として年に一度、財産状況を報告する義務を負います。
本人のためだけに財産を管理する、これが成年後見の基本的な考え方です。
後見人は家庭裁判所が選ぶ
意外と知られていないのが、後見人を誰にするかを決めるのは家庭裁判所だという点です。
申立ての際に候補者を挙げることはできますが、必ずしもその人が選ばれるとは限りません。
医師の診断書を添えて本人の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立て、家庭裁判所が事情を確認したうえで後見人を選任します。
財産が多い場合や親族間に意見の対立がある場合などには、弁護士や司法書士といった専門職が選ばれることも少なくありません。
その場合、専門職への報酬が本人の財産から継続的に発生します。
「家族が後見人になって手続きを進める」つもりでも、そのとおりにならないことがあるわけです。
現行制度が「使いにくい」とされてきた理由
一度始めるとやめられない(終身制)
現行制度の最大の難点が、いわゆる終身制です。
いったん後見が始まると、原則として本人が亡くなるまで続きます。
たとえば「遺産分割のために後見人をつけた」という場合でも、その目的が済んだからといって後見を終わらせることはできません。
当初の目的が果たされた後も、後見人への報酬が本人の財産から継続的に支払われ続けます。
本人の意思が反映されにくい
後見類型では、生活に関わる広い範囲の法律行為を後見人が代理します。
本人を保護する仕組みである一方、本人が自分で決められる領域が狭くなり、「生活のすべてを管理されてしまう」という指摘がありました。
相続で希望どおりに分けられない
相続の場面では、より具体的な使いにくさが表れます。
その代表が、家族の望むとおりに遺産を分けられなくなることです。
後見人は、あくまで本人の利益を守る立場にあります。
そのため、本人の取り分が法定相続分を下回るような遺産分割には、原則として応じられません。
「不動産は同居してきた長男が継ぎ、本人(認知症の親)の取り分はわずかに」といった調整をしたくても、家庭裁判所がこれを認めないのが通常です。
家族の事情に合わせた柔軟な分け方は、難しくなります。
手続きが増え、時間がかかる
制度を利用することで、相続手続きそのものも長引きがちです。
理由は主に二つあります。
一つは、後見人が本人の居住用不動産を売却する場合、家庭裁判所の許可が必要になることです。
許可を得るには売却が本人にとって合理的だと示す資料が求められ、時間も手間もかかります。
もう一つが、利益相反です。
認知症の相続人についた後見人が、他の相続人本人だった場合、同じ遺産分割で利害が対立します。
このとき後見人は本人を代理できず、家庭裁判所に特別代理人(その手続きだけ本人を代理する人)を選んでもらう必要があります。
手続きが一段増え、その分だけ相続の完了も遅れます。
利用が広がらない現状
こうした使いにくさもあって、制度の利用は広がっていません。
認知症の高齢者が約700万人に達すると推計される一方、成年後見制度の利用者は約25万人程度にとどまっています。
制度はあっても選ばれていない、という状況が続いてきました。
2026年改正で何が変わるのか
改正法の位置づけ
今回の改正は、2026年6月17日に成立し、同月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)によるものです。
長年指摘されてきた成年後見制度の構造的な問題に、正面から手を入れる内容になっています。
3類型を「補助」に一本化

改正の柱の一つが、類型の一本化です。
現行の「後見」「保佐」「補助」という3類型を廃止し、「補助」に一元化します。
判断能力の程度で機械的に類型を分けるのではなく、本人に必要な支援の内容に応じて権限を設計する考え方への転換です。
支援者の呼称も「補助人」に統一され、補助人に代理権や同意権を与えるには、原則として本人の同意が必要とされます。
相続の場面に置き換えると、変化がイメージしやすくなります。
現行制度では、認知症の程度が重い相続人には「後見」がつき、その後見人が本人の生活全般に広く関与し続けます。
遺産分割を終えたいだけなのに、財産のすべてを継続的に管理される、という重さがありました。
改正後は、判断能力の程度だけで一律に広い権限が与えられるのではなく、その人に本当に必要な支援はどこまでかを見て、権限の範囲を決めることになります。
「遺産分割を進めるために必要な範囲」に絞った関与が、選びやすくなるわけです。
終身制の廃止
もう一つの大きな柱が、終身制の見直しです。
改正後は、家庭裁判所が「もはや制度を利用する必要がなくなった」と認めた場合に、審判を取り消して制度を終了できるようになります。
これにより、「遺産分割のために利用し、それが済んだら終える」といった使い方が可能になります。
目的を終えても本人が亡くなるまで続き、報酬を払い続ける、という現行制度の重い負担が解消される見込みです。
必要な行為に絞った「オーダーメイド型」へ
改正後は、支援が必要な行為に限って補助人の権限を設定できるようになります。
遺産分割協議への参加だけ、特定の不動産の売却だけ、といったピンポイントの利用が想定されています。
本人が自分でできることは自分で行い、難しい部分だけを支える。
支援の範囲を必要最小限に絞ることで、本人の自己決定を最大限に残す設計です。
相続のために一時的に使いたい、というニーズに合いやすくなります。
例外的に残る強い保護の仕組み
もっとも、幅広い保護が必要なケースがなくなるわけではありません。
本人が常に判断能力を欠く状態にあり、広い取消権で守る必要性が高い場合に限って、より強い権限を認める限定的な仕組みも残される見通しです。
悪質な商法や大きな財産処分から本人を守るための備えで、複数の医師の診断など慎重な要件が設けられる方向です。
いつから変わる?施行スケジュール

改正法は成立・公布されましたが、実際の運用開始はこれからです。
成年後見制度の見直しは、公布から2年6か月以内、つまり2028年12月24日までに施行されると定められています。
システムの改修や現場のルール整備が必要なため、実際に新制度が動き出すのは2028年ごろになる見込みです。
現在すでに後見や保佐を利用している人については、経過措置が設けられる予定です。
新制度への移行や、必要性がなくなった場合の終了ができるようになる見通しで、今の利用者が取り残されることはないと考えられます。
認知症になる前に、今からできる備え

ここまでは主に、判断能力が低下した「後」に成年後見制度(法定後見)を使うケースについて解説してきました。
しかし、判断能力があるうちに動いておくことで、より効果的に問題に対処できることは少なくありません。
相続における家族の負担を減らすためにも、早めの行動を検討しましょう。
任意後見
任意後見は、判断能力があるうちに、将来支援してもらう人と支援してほしい内容を、自分で決めて契約しておく制度です。
家庭裁判所が後見人を選ぶ法定後見と違い、信頼できる家族や知人を自分で後見人に指定できるのが強みです。
「いざというときに誰に任せるか」を自分の意思で決めておきたい人に向いています。
家族信託
家族信託は、自分の財産の管理や処分を、あらかじめ信頼できる家族に託しておく仕組みです。
たとえば、収益不動産の管理や、実家の売却といった財産の動かし方を、認知症になった後も家族の判断で進められるように設計できます。
裁判所の関与なく柔軟に運用でき、報酬も家族間で自由に決められます。
不動産をお持ちで、その管理・活用を止めたくない人に適した選択肢です。
遺言
遺言は、自分の財産を誰にどう承継させるかを、あらかじめ決めておくものです。
相続対策としての遺言の強みは、遺産分割協議そのものを不要にできる点にあります。
有効な遺言があれば、相続人の中に認知症の人がいても、成年後見を使わずに、遺言のとおりに財産を承継させられる場面が広がります。
この記事のテーマである「認知症の相続人がいて相続が止まる」問題への、もっとも直接的な備えといえます。
迷ったら早めに専門家へ
これらは組み合わせて使うこともでき、どれが合うかは家族構成や財産の中身によって変わります。
共通して言えるのは、いずれも本人に判断能力があるうちにしか始められないということです。
家族の判断能力に不安を感じ始めたら、早い段階で専門家に相談し、状況に合った備えを選んでおくのが確実です。
まとめ

2026年の改正で、成年後見制度は「一度始めたら終われない」制度から、「必要なときに、必要な分だけ使える」制度へと大きく舵を切ります。
認知症の相続人がいて相続が止まってしまうケースでも、これまでより使いやすい支えになっていくはずです。
ただし、制度が整うのを待っているだけでは、相続の備えにはなりません。
認知症は、備える時間があるうちに考えておくべきテーマです。
判断能力があるうちであれば、任意後見・家族信託・遺言と、選べる手段はいくつもあります。
家族の誰かの判断能力に不安を感じ始めたら、それが専門家に相談する最初のタイミングです。
早めの一歩が、いざというときの家族の負担を大きく減らします。
